自分に誇れる何かを求めて

ただ、自分に誇れるものを探して、そんな葛藤の連続です。私はとある挫折をきっかけに、自分の才能を伸ばすためには努力が必要だと言うことに気づかされました。

10歳の頃、私はスイミングスクールに通っていましたが、ライバルの存在がありました。彼女との関係事態は良好で、家族ぐるみでの交流もあったほど、仲は良かったと思います。

しかし、私の人生に大きく影響したのはお互いの人間性です。文武両道が当たり前だった私達は、勉強もスポーツも田舎の狭い地域でトップで競っていました。何事も難なくやり遂げられる、嫌な言い方だと天才肌の私と努力家のライバル。まるで少年漫画みたいな構図でしたが、実際に周りからもそう思われていました。

努力家の彼女は明確な目標をかかげ、コツコツと計画的に自分を磨き、周囲を巻き込んでいました。そんな雰囲気に流され、私は自分と言うものを持たずに、彼女がやることをただ真似ていたと思います。そんなに努力しなくても、適当なハードルを乗り越え、常に彼女と同じくらいの実力で泳ぎ続けた私を、ライバルはきっと不愉快に思っていたでしょう。

その違いが水泳の全国大会をかけた予選で、現れました。合格タイムから1秒以上速い結果を残した彼女と0.5秒遅く落選した私……当然の結果です。でも私にとって、その出来事を境に大きな壁にぶち当たることとなります。私は酷いスランプに陥り、その日から泳ぐことを嫌がるようになりました。

初めての挫折を受け入れられなかったのです。結局、私はやる気のないまま、数年後にスイミングを辞め、何かに熱中することを忘れてしまいました。勉強も今まで対してやらなくてもできたものが、中学に入ると思うようにいかなくなり、こちらも成績ダウン。やってられなくて、ヤンキー達とつるんでいたこともあります。

その頃のライバルは一流の私立中学に通い、家柄も正しい将来を歩もうとしていました。この差は何だろう……正直それが悔しかったです。今でも悔しく思っています。

それに気づいた時、私は初めて努力をしました。せめて勉強だけはと、努力をし続けて何とかそれなりの大学に合格。そして気になる彼女は私の大学よりワンランク上……でもこれは、彼女の努力の証だと受け入れています。

私はその後、大学を卒業すると大手の会社に勤めましたが、あの小学生の時の挫折が未だに頭を離れません。それは何かしら、誰にも負けない結果を残したかった……あの子に何か一つでも大差で勝ちたかった、その名残なのです。

今もそれを見つけるために、私は一番になれる何かを模索しています。生涯で一回だけ、一つだけで構いません。私にしか成し遂げられない何かを探したいと心から思っています。